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    鬼塚幹彦の英語勉強法・学習法
                      インターネット予備校・学習塾
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                                 鬼塚 幹彦略歴
はじめに
鬼塚幹彦講師の顔写真
<勉強時間>
<Q.1>どうすれば英語の力がつくのですか?
<Q.2>1日にどのくらい勉強時間をとればよいのですか?
<Q.3>2時間も続けて英語の勉強に集中できません
<Q.4>1日1時間ほどの勉強で、英語の成績がよい友人がいるのですが。
<学力判定法・英語学習の終点>
<Q.5>実力がついたかどうかはどうやって判断すればよいのでしょうか?
<Q.6>どのくらい継続すれば成績が上がってくるのですか?
<Q.7>1週間ほど英語の勉強をしないと、急にできなくなったような気がするのですが。
<Q.8>どの程度できるようになったら、英語が完成したと考えればよいのでしょうか?



<浪人生への警告>
<Q.9>浪人生が特に注意することは何ですか?
<Q.10>浪人生ですが、高校時代にやった教材などはどうすればよいのでしょうか?
<模試について>
<Q.11>予備校などの模試は受けた方がよいのでしょうか?
<Q.12>模試を受ける利点は何でしょうか?
<Q.13>どの程度実力がついたら模試を受けてもよいのでしょうか?
<Q.14>定期試験ではよい点がとれるのですが、実力試験では点数がとれません。
<予習・復習について>
<Q.15>予習・復習はどうすればよいのですか?
<Q.16>復習の時に何度も声に出して読んでいるのですが、ただ英語を読めばいいのですか?それとも意味を考えながら読むのですか?
<英作文の添削について>
<Q.17>英作文は誰かに添削してもらう必要はありますか?
<「自由英作文」について>
<Q.18>「自由英作文」とはどういったものなのですか?
<Q.19>「自由英作文」で自分の書いた答案の評価はどうやってすればよいのですか?
<基本文>
<Q.20>基本文とは何ですか?
<Q.21>基本文を覚えることで、どういう役にたつのでしょうか?
<単語の覚え方・単語カード・単語帳>
<Q.22>単語はどうやって覚えればよいのですか?
<Q.23>単語カードは作ったほうがいいのですか?
<Q.24>単語カードというのはどうやって作るものですか?
<Q.25>何度やってもなかなか覚えられない単語があるのですが。
<Q.26>単語を覚える方式が一定せず、カード方式で始めても、一週間もすればその方法に飽きてきます。
<Q.27>市販の単語帳は使った方がよいのでしょうか?
<Q.28>私は、学校の先生の手作りの単語帳を使っていますが、みんなが使っているような市販の単語帳に切り替える必要があるでしょうか?
<Q.29>市販の単語帳を使う時の注意点は何ですか?
<Q.30>英語の授業のノートはどうやって整理すればよいのでしょうか?
<長文対処法>
<Q.31>最近の入試では、出題される英文が長文化していると聞きますが、それに対処する方法はありますか?
<Q.32>英文を速く読んだり、全体の意味を即座に把握するような方法はありますか?
<Q.33>文章を並べ替えたり、グラフや図表が与えられた問題への対処法はありますか?
<Q.34>私は読むのが遅いのですが。
<辞書について>
<Q.35>辞書は必ず使わなくてはならないのですか?
<Q.36>辞書の使い方がわかりません?
<Q.37>従来の辞書と電子辞書とはどちらがよいのでしょうか?
<Q.38>英英辞典を使った方がよいのでしょうか?
<リスニング>
<Q.39>リスニングが課される大学は増えるのでしょうか?
<Q.40>リスニング対策はどうすればよいのですか?
<Q.41>NHKの語学講座を聞きたいのですが、どの講座を聴いたらよいのかわからないのですが。



<「帰国子女」について>

<Q.42>私はいわゆる「帰国子女」ですが、本当に英語ができるのか、これでよいのかが自分ではよくわからなくなってきているのですが。
<「受験英語」について>
<Q.43>「受験英語」、たとえば5文型の分析などをしていると実際に使える英語は身につかない、といったようなことを耳にしたことがあるのですが。
<何のために英語を勉強するのか>
<Q.44>「何のために英語をやるのか」がわかりません?
<Q.45>英語が好きでもないし、英語の勉強を楽しいとは思えません。


1.はじめに
 高校生にもなった大人に、たとえば、「英文に赤線を引くときには赤鉛筆を使うべきか、それともラインマーカーか?」といったような細かいことを教える必要はない、という考え方もあるかもしれません。が、あえて、その必要はあると答えましょう。理由は次の通りです。
 私たちの目標は、
     普通に英語が読み、書け、話せ、聞けるようになる
ことです。そのことに変わった思想や特別な方法論は必要ありません。英語学習は技術習得の訓練・練習の積み重ね、つまりpracticeを繰り返すことです。それ以上でも以下でもありません。まず、基本的な方法を身につけ、あとは継続すること以外に道はありません。
 ところが、間違った勉強法・学習法で継続しても、当然のこととして成果は上がらず、その結果、「何かよりよい英語習得法や読むための特別なテクニックのようなものがあるのではないか?」といったようなことばかりが気になり、そういったものが存在するかのような錯覚に陥ってしまいます。こういった状況に陥ることは避けなくてはなりません。
 まずは正しい手順を人から学びつつ作業を進める、ということは他の作業の場合と同じです。

2.Qand A

<勉強時間>
<Q.1>どうすれば英語の力がつくのですか?
<A>勉強を継続することです。

<Q.2>1日にどのくらい勉強時間をとればよいのですか?
<A>たとえば、「1日30分ほどの勉強時間で、1年間でゼロから英語をものにしたい」というのは無理です。個人差はあるものの、授業以外に、一定の時間を確保しなくては話になりません。ただ、中学生・高校生と浪人生では異なるでしょうから<Q7>も参照してください。
 「時間数だけが大切なのではない」とはいうものの、何やかんや言っても、まずは英語学習のために一定の時間を確保しなくてはなりません。

<Q.3>2時間も続けて英語の勉強に集中できません。
<A>普通の人はそうです。たとえば、NHKの語学講座(ラジオ)の放送時間は、昔から、15分から20分です。15分か20分か?という5分の差が問題になるぐらいですから。ただ、図書館や自習室で、黙ってぶっ通しで5時間も英語を勉強しろとは言いませんし、むしろ、それは能率的だとは言えないでしょう。
 公園で声に出して英文を読む。電車の中やプラットフォームで少し時間を割いて単語をチェックする。英語で話す訓練をする。たとえば、歩きながら、頭の中で、あるいは声に出して、暗記した基本文を言ってみる。ちなみに、英語を話す訓練はこれにつきます。こういったことを集めると、結果として、1日で相当の時間数になっていればよいのです。

<Q.4>1日1時間ほどの勉強で、英語の成績がよい友人がいるのですが。
<A>そういった人は、中学の時に、幸いにして、誰かに勉強法・学習法を含めて指導してもらい、正しい勉強法・学習法で英語の勉強を積み重ねてきた結果です。今までの勉強時間を合計すれば莫大な時間数になっているのですから、比べても仕方ありません。安易な比較によって本質が覆い隠されてしまう典型的な例です。
 なお、ここで大切なことは、こういった例が示すように、勉強が進めば進むほど勉強時間は少なくても効果は上がる、という現象が語学にもあるということです。特に、初期の段階で費やされた時間は、目に見えない土台にはなっても、それが成果としてすぐには現れません。
 繰り返しますが、語学の習得には絶対的な時間数が必要です。結論を言えば、英語学習のスタート時点から現在までの学習時間、つまり、英語にきちんと接した時間の集積が実力です。
*   *   *   *   *
 思えば、江戸時代、オランダ語と日本語の翻訳を生業とした長崎の通詞、幕末・明治時代には、フランス語や英語の習得に心血を注いだ人たちがいました。時代は下って、第2次世界大戦後、受験という制度の中で数知れない日本人が英語と関わってきました。
 こういった先達の中に、相当の時間を費やさずに英語を身につけた人はひとりもいません。 
*   *   *   *   *
       
<学力判定法・英語学習の終点>
<Q.5>実力がついたかどうかはどうやって判断すればよいのでしょうか?
<A>4月から勉強を始めたとしましょう。夏ぐらいに4月の予習の時の教材やノートを見直し、「4月の段階ではこんな単語も知らなかったのか」と振り返る。そのことによって自分の上達の様子がわかります。「試験の偏差値が上がった下がった」ということではなく、このことによってしか、上達したことを自分で実感する方法はないのです。
 単語だけでなく、「最初は、5文型というものがあることも知らなかった」「主語の見つけ方すら知らなかった」「カンマに接したらどうするのか、といったルールも知らなかった」「英文の“意味”は動詞が決めること、も頭に入れないで英語に接していた」・・・などと振り返り、現状と比較することで自分の学力の伸びを知ることができます。
 「復習」。この言葉の最も広い意味はこういったことなのです。

<Q.6>どのくらい継続すれば成績が上がってくるのですか?
<A>語学の実力は、徐々に上がっていくというよりも、ある時期に急に上がったような気がする、というものです。<Q4>でも述べたことですが、初期の段階では膨大の時間が費やされます。ところが、この段階においては、その投資した時間に見合うだけの成果が実感できません。どの語学の習得でも、その段階を脱することができず、結局はあきらめてしまうというのはよくあることです。たとえば、NHKの語学講座のテキストを4月号と5月号だけ買って・・・、といった体験がある人も少なくないでしょうし、この先、長い人生でも起こりえることでしょう。
 そもそも、語学を始めるにあたってのポイントは次の2点です。
1.やる気が出るまでは始めない。
2.やり出したら、できるだけ毎日継続する。

 高校時代に、中間試験や期末試験の直前の2、3日間だけ英語を勉強するが普段はやらない。こういったことの繰り返しでは能率が上がるはずはなく、「実は、自分は英語は勉強していないのではないか。」 高校2年生ぐらいになると、このことに自分で気づいているはずです。

<Q.7>1週間ほど英語の勉強をしないと、急にできなくなったような気がするのですが。
<A>その通りです。語学の学習は、一本の川を上流に一歩一歩遡るようなもので、少し訓練を怠ると、その位置で停滞するのではなく、引き戻されてしまうのです。特に最初の頃は川の流れが急、だと考えてください。あっという間に元へ戻ってしまいます。<Q6>で述べた「やる気が出てやり始めたら毎日継続する」ということのひとつの根拠はこれです。英語から2、3か月離れると、特に初心者の時にはさっぱりわからなくなるものです。これは今実験しなくても、大学入学後に感じることでしょう。
 かといって、生活の都合でどうしても継続できなくなることはあるでしょう。中断した場合にはそのことを必要以上に嘆かず、むしろそれを動機に変えて再開する、という当たり前のことしかありません。みんなそうやって悪戦苦闘しつつ、先の比喩で言えば、流れが比較的穏やかな川上の方へと近づいていくのです。こうした時はむしろ好機かもしれません。ピンチをチャンスに変えるということです。自分に刺激を与えるために、朝から晩まで英語ばかりやる(自分を英語漬けにする)といったような日々を数日設定する。こういった生活もまた楽しいかもしれません。語学の学習法においては、一見矛盾する次のふたつのことが大切なのです。
1.継続        2.集中

<Q.8>どの程度できるようになったら、英語が完成したと考えればよいのでしょうか?
<A>もちろん、「完成」はないのですが、そういったことをいくら言っていても埒があきませんから、一応の目安を示します。
1. 単語に関しては、過去のセンター試験の問題冊子に印刷されているどの単語を見ても、知らない単語がない状態。
2.センター試験の問題に印刷されているどの英文の構造でも説明できる状態。
3.基本文が最低300ほどきちんと丸暗記できている状態。
4.英作文(英語を話す能力)に関しては、どんな内容の文も、単語の知識に振り回されることなく、表現できるということを実感できている状態。
 特に、3.は必須です。相当の数の基本文が暗唱できる、つまり
     何時間か続けて英語で話せる状態
この状態がひとつの目安です。
なお、「語学ができる」とはどういうことかについては<Q14>も参照してください。

<浪人生への警告>
<Q.9>浪人生が特に注意することは何ですか?
<A>ある程度英語ができるのに浪人した人(英語が原因で浪人したのではない人)は特に注意が必要です。
 もう一度出発点を確認しておきます。英語はpracticeがすべてです。どれだけの量の英語を読んで書いたか、ということです。高校の時は、授業や小テストが毎日あったり、また、たとえば副読本などのテストが行われたりという具合に、とにもかくにも、相当の量の英語に接する環境ができています。ところが、浪人すると自分で訓練する機会がどうしても減ります。勉強時間のことにも関連しますが(→Q4)、一般に、高校生よりも時間がとれるのですから、だからこそ余計に、授業以外に一定の時間を意識的に確保する必要性が出てきます。
 英語習得には、最低限のルール・理屈は必要ですが、それは最低限の条件であって、後は練習です。英文が速く読めたり、一瞬で英文の内容がつかめたりする方法は存在しないのです(→Q32)。
 浪人時代にふと高校時代を振り返る。その時、ひょっとすると高校時代の方が英語に接する機会が多かったのではないか、と気づくのはよくあることで、この状態は、極力、避けなくてはなりません。各人がその方策を考えなくてはなりません。
 たとえば、センター試験で170点ほど取れたのに浪人したのであれば、後やることはひとつです。英文を読む・書く(話す)・聞く、を続けるだけです。このことは、本人が一番わかっているはずです。小説や新聞を英語で読む、そういったことが好きな人はそれでよいのですが、大半の人はこういったことに興味もなければ、それに時間を費やそうとも思わないことでしょう。従って、ひたすら入試問題を解き続ける、それをシステム化して行うことです。
 「1日に1年分」と言わず、やる気になったときは2年分、3年分・・・ひとつでも多くです。「最近、実行できていないな」と気づけば、また気分を変えて再開してください。語学は、「継続と集中」です(→Q7)。
 繰り返します。英語以外が原因で浪人した人は、「自分のやるべきことはこれしかない」ということ、そのことは、誰よりも本人が一番わかっていることなのです。
 なお、英語が原因で浪人したかどうかの判断、つまり自分には一定の英語力があるのかどうか、この判断が自分でできないのなら身近な先生に相談すればよいでしょう。

<Q.10>浪人生ですが、高校時代にやった教材などはどうすればよいのでしょうか?
<A>とても大事なことです。英語力は今までの積み重ねですが、数学などと異なり、知識として欠けている箇所があるとそれが失点に直接つながってしまいます。自分がきちんと勉強を始めた位置を確認し、それがたとえば高3の夏休みであれば、その時から後に取り組んだ問題集などは必ず復習してください。問題集、模試、通信添削・・・などです。かつてやった問題集が本当に理解できているのであれば、問題だけをやり直すのに2日もあれば十分でしょう。その時、すべての問題に正解が出せなくてはいけません。英文解釈も、解説を読む必要はないのですから、本文だけを読み返す。この作業は浪人時代、意識的に時期を決めて行わなくてはなりません。
 浪人時代に急に英語がわかったということは実はありえないことです。そのかげには中学、高校時代の積み重ねがあるのです。小テストをしたり、訳してみろといって英語の相手をしてくれた中学、高校時代の先生のお陰だとも言えるでしょう。
 その他のことはともかく、こういった種類の勉強は過去を引きずらなければなりません。特に英語はそうです。昔はできた問題なのに今はできないとなると、自分が疲れてしまいます。忘れてしまっているかもしれない、と恐れず、たえず元に戻らなくてはなりません。特に若い時には、新しいことに次々と挑戦したいと思うものです。たとえば、ある本を読み終わったら次の新しい本を読みたい、新しい映画を観てみたい・・・何かそこに新しい出会いや発見を期待しつつ。それは「若い」ということのひとつのメルクマールだとも言えるでしょう。それをわかった上で、先を急がず、戻って戻って・・・が大切なのです。
 「浪人は自由である」というのは発想や考え方のことを言っているのであって、だからこそ、腰をすえて技術習得に高校時代よりも一層の力を注がなくてはなりません。変に慣れてしまうことで、新鮮さから生まれてくる一途さを失ってはならないのです。

<模試について>
<Q.11>予備校などの模試は受けた方がよいのでしょうか?
<A>まず、「模試」の意義をはっきりさせておきましょう。
 「模試」も英語に接する機会のひとつです。このことをしっかりと頭に入れてください。<Q9>で浪人生に対する注意事項として述べたことも踏まえ、英語に触れる機会と捉えなくてはなりません。たとえば、日曜日に模試を受ける場合、「日曜、テスト形式英語講座」とでも自分で命名してから模試を受ければよいでしょう。ものごとの名前を変えることで本質が見えてくる例です。
 したがって、どこを間違ったかを受験直後に確認する。次に、解説を見て、間違いの原因を明らかにした上で自分の知識にする。模試を受ける機会が多い浪人生などは、「模擬試験ノート」のようなものを作成するのもよいでしょう。まずは形から入って、自分を拘束する、という方法論です。いずれにせよ、
     模試を受けに行ったことで何を学んだのか
を意識的に確認することです。
 模試を受けても復習せず、しかも、後日、模試の結果を受け取り、コンピューターが打ち出す偏差値や合格確率を見て一喜一憂する・・・「人間が機械に支配されている」とはこういったことなのでしょうが、そういうことだけに貴重な時間を費やしている若者の姿は、やはりどこか変なのです。若者の話題や関心の中心はもう少し違うところにあるべきではないでしょうか。そうでないと不満感のようなものが蓄積されてしまい、これこそが最大の問題です。
 結果が出てきた時、もう一度模試の問題を復習する。その時、「模試の当日にはできなかったが、あれから何回か復習もしたし、今やれば満点が取れる」ということを確認し、上達を実感しておくことです。模試の結果がよければ、今までの努力が実を結びつつあると素直に喜びそれを励みになお一層勉強に励む、結果が悪い場合は、謙虚に反省しつつそれを好機と受け止め猛勉する。ただ、これだけのことです。

<Q.12>模試を受ける利点は何でしょうか?
<A>刺激を受けて勉強の動機にする、といったようなこともあるでしょうが、最大の利点は次のことです。
 普通の授業のサイクルで考えれば、模試を受けている時が「予習段階」に当たります。模試の後で、解答・解説を見て何度も復習している段階が「授業・復習の段階」です。自分を模試の会場に置くことで、真剣に予習をせざるをえない状況を作ります。このことで、普段の授業の予習の仕方について再考することもできます。(→Q.15
 何度繰り返しても強調しすぎることはありませんから、もう一度言います。こういった観点からも、受けた模試をいろいろな角度から復習しないのなら受けない方がいいでしょう。

<Q.13>どの程度実力がついたら模試を受けてもよいのでしょうか?
<A><Q.11>で強調したように、「模試も勉強の手段」ということさえはっきり認識していればいつからでも構いません。数学などと違い、解答・解説を見てそこに書いてあることが全くわからない、ということは英語ではあまり考えられません。極端な話、模試で零点であっても、復習の時にひとつでも単語を覚えることができたのなら効果があったと言えます。「過去問をいつから始めるか」といったことの判断と共通するものがあります。
 結論はこうです。模試を受けるのに費やす経済的、時間的投資と、それから得られると予想される成果。この2つのことを天秤に乗せて比較する。予想できる利益と失われるだろうと予想される不利益とを比べる、という実は誰でも行っている思考方法を用いて判断するということです。

<Q.14>定期試験ではよい点がとれるのですが、実力試験では点数がとれません。
<A>その原因は、文字通り「実力がない」からです。
 冗談はさておき、どうやって「実力」をつければよいかを考えてみましょう。予習では見事に訳せている、そして当然のこととして定期試験ではよい点が取れる。でも、実力試験では点数がとれない、といった人にたまに出会います。より具体的に言えば、予習の段階では、辞書を使うことによって、正しいだけではなく美しい日本語に訳せるし、正しい英文が作れる。それなのに、実力試験や予備校などの模擬試験で点数が出ないという人です。この原因は明らかです。予習の時に辞書を引くことで得た知識が頭の中に入っていない、つまり暗記していないということです。考えてみると、辞書を使ってその外国語が理解できれば本来はそれでいいはずです。
 少し視点を変えましょう。江戸時代、社会学的に見ても大きな役割を果たした“モノ”であったのに、最近はなぜか学習者がほとんどいないオランダ語を例にとって考えてみましょう。オランダ語が全くわからない(英語も知らない)初心者にとっては、辞書を目の前に何冊積まれてもオランダ語を解読することはできません。してみると、辞書を使って理解できればそれで十分なわけです。このことは英語以外の例で考えるとよりはっきりします。「ポーランド語」「スワヒリ語」「アラビア語」・・・、さらに言えば、「ラテン語」「教会ラテン語」などで考えてみてください。
*  *  *  *  *
 これに関して付言すべきことがあります。慶応義塾大学の文学部の試験は、平成3年(1991年)以来、試験場に辞書の持ち込みを許可しています。この事実についてはもっと論じられてもよいのですが、先に挙げた、辞書を用いれば正しい解釈に基づいた美しい日本語や英語が書ける、といった学生で、かつ、「辞書を見たらわかることを暗記する意味がない」という、ある意味では極めて正当な考えの持ち主は知っておいてよいでしょう。

<予習・復習の仕方>
<Q.15>予習・復習はどうすればよいのですか?
 担当の先生の授業のやり方にもよりますが、万人に共通する当たり前のこと、それを、便宜上、「英文解釈」「文法」「英作文」の3つに分けて述べましょう。

<英文解釈>
―予習―
 「予習に2時間以上も時間がかかった」という初心者の話を聞き、その姿勢に頭が下がると同時に、それでは英語がますます嫌になってしまうという感を強くすることがあります。問題は、2時間も予習をしているのに英語の成績が上がらない、と本人が思いこんでしまうことです。 
 一般に、初心者はその外国語を1行読み進むと知らない単語に出会う、という事態に直面します。だから、「予習に膨大な時間がかかってしまった」というのは当然のことなのですが、1年ほどで英語を習得するという目的に照らすとこれでは効率的だとは言えません。では、どうすればよいのでしょうか。
 まず、英文を読んで、自分がわからない箇所を明らかにする。どれが知らない単語かをはっきりさせる。たとえば、平均して、2行読み進んでその中に知らない単語がひとつあれば読むことはできませんから、辞書を引くのは構いませんが、大切なことは、
     単語をはじめ、わからない箇所をはっきりさせておく
ことです。

―復習―
  まず、書き込みがない英文(白文)を用意します。そして、それを読む。「予習の時にわからなかったことが授業に出てわかるようになったか」を確認する。まだ不明箇所があれば、ノートや書き込みを参照して理解する。
 さて、ここからが極めて重要なのですが、それを
     声に出して何度も読む
ことです。できるだけ多く、2日後、1週間後、1ヶ月後・・・とにかく音読することです。初心者はこの作業を続けなければなりません。
 単純に計算して、1日3回声に出して読むとすると、たとえば第1課(Lesson1)の英文は1か月で90回音読することになります。英語ができるようになった人は、実は誰でもやっていることです。このことによってしか、“英語の流れ”のようなものを自分の頭に定着させる方法はないのです。
  

<Q.16>復習の時に何度も声に出して読んでいるのですが、ただ英語を読めばいいのですか?それとも意味を考えながら読むのですか?
<A>そのことで悩み出したということは、やっと英語の勉強が始まった証拠です。今まで、定期試験の前日に試験範囲の「訳文」だけを読んでごまかしてきた、といった自分の勉強方法の不備に気づくことにもなります。
 さて本題に戻ると、そういった疑問を抱きつつ、読み続ければよいのです。その悩みはやがて解消し、ひとつ上の次元に到達したような気になるはずです。そのうち、意味がわかった上で英語を読んでいる自分に気づくでしょう。

<英作文>
―予習―
 ある程度できる人は、日本語で与えられた意味を英語で一応書いてから授業に臨む。苦手な人は、どういった意味のことを英語で表すのかの確認、つまり問題には目を通してから授業に臨みます。
 それに関連して、苦手な人が我流で英文を作るとかえって害になる危険性があるため、そういった人は英文を書かずに授業に臨んだ方がよいでしょう。その判断は、身近な先生と相談して行なってください。まずは、基本となる英文を一定の量覚えなくてはなりません。それができていないのに自分で英文を作り出すことは絶対にできないのです。
―復習―
 授業で示された英文をそのまま基本文として整理します。(→Q20・21
 ポイントは、予習の時に自分が作った英文に関して、どこが間違いかを確認したうえで、その文に必要以上に固執せずに、模範として示された英文をそのまま覚えることです。英語を書く(話す)力を伸ばす勉強法・学習法は、この繰り返しの継続にしかありません。

<英文法>
―予習―
 「文法」という形で授業が設定されている場合、それは「英語理解のために必要な一定のルール」を伝えることがその目的であるはずですし、そうでなくてはなりません。予習の時にはそのルールを知らないのですから、問題が与えられている場合、その問題が解けないのは当然なのです。
 初心者以外は問題を解いておくことは言うまでもありませんが、必要以上に時間をかけることはなく、初心者は、この問題でどういったことが説明されるのかを考えてから授業に臨みます。
 英文解釈の場合、2度目の予習からは、今までの授業で学んだことを駆使し、英文を読み、自分で考え英文と格闘するという作業が必須です。それと比べると文法の予習の仕方は少し違ってくるということです。
―復習―
 予習は軽く、ということは復習に重点を置くということになります。基本文の整理を含め、英作文と共通する点が多いでしょう。問題を解いてみてわかったかどうかを確認する。日をあけてまたやってみる。これの繰り返しです。
 英語に限らずすべての科目の勉強は、
     「わかった!」に始まり、「わかった!」の集積が実力である
と言えるでしょう。ただ英語の場合には、「わかった!」だけでは足りず、それを頭の中に入れてしまう、覚える、というより“無意識の行為化”まで高める、つまり常識にしてしまうというプロセスが不可欠で、これがないと点数が上がりません。<Q7>で述べた、「英語から少し離れると後退してしまう」ということと並んで、これが英語という科目の厄介なところなのです。

<英作文の添削について>
<Q.17>英作文は誰かに添削してもらう必要はありますか?
<A>そういった機会がある人は幸運な人です。そんな恵まれた機会があるのなら利用すればよいでしょう。大事なことは、誰かに見てもらうという意識が勉強の原動力になるということです。ただ、注意することは次の点です。
 基本が全くできていない場合、具体的には、英文の型が崩れているような段階では、添削は時間の無駄になるだけでなく、害になる可能性もあるということです。添削されたことで満足しているだけでは成果があがりません。単語をただ並べているのではなく、最低限の数の基本文をまず覚え、それに基づいて正しい型の英文が書けるような段階に達しているのなら、添削という機会をうまく利用することで一段上の実力をつけることができます。
 答案の上だけでの添削ではなく、面と向かっての添削なら、添削者である教師はこのことがわかっていて、本人に直接伝えることができますから問題はありませんが。
 最初に述べたように、添削の機会がある人は恵まれた人です。独学者の場合などは、必ずしも添削してもらうことは必須ではなく、自分で書いた文の誤りがわかり、正しい文が与えられているような教材はいくらでもあるのですから、それを用いて勉強を続ければよいわけです。

<「自由英作文」について>
<Q.18>「自由英作文」とはどういったものなのですか?
<A>「・・・について英語で・・・字以内で書け」といった類の問題です。
 振り返ると、20年以上も前から、国立大学で自由英作文をコンスタントに出題してきたのは、西は大阪大学、東は東京外国語大学でした。さらに遡ると、東大入試中止の翌年(昭和45年)の入試問題「三日坊主について英語で説明せよ」に行き着きます。ただし、この年、東京大学はこの問題だけではなく、普通の和文英訳の問題も同時に出題しているという事実は重要です。
 時は流れて、平成9年(1997年)を最後に東大の入試問題から和文英訳の出題が消え、「自由英作文」だけに切り替わりました。それに歩調を合わせるかのように、北海道大学、東北大学、一橋大学など東日本の大学の多くで「自由英作文」への移行が進みました。このことは決して望ましい方向ではないのですが、とにかく東日本を中心にそういった大きな流れがあることは事実です。
 一方、京都大学は昭和40年後半に「自由英作文」への切り替えを試みた年があったものの、その後は「次の文を英訳せよ」という出題(共通一次試行以降は2問)が続いています。名古屋大学や九州大学も基本的には「・・・を訳せ」という出題形式が堅持されています。
 また、私立大学は、この流れの中にあって、早稲田大学の政治経済学部は基本的には30年以上不動の出題が続いているものの、慶応義塾大学の経済学部は「自由英作文」への切り替えを図るべく出題形式を模索し混乱をした時期がありました。早稲田の法学部は、平成11年(1999年)から「自由英作文」の出題を始め、関西の私立は、一定はしないものの、「自由英作文」に移行する姿勢を示しつつ模索中、というのが大勢だと言ってよいでしょう。
 慶応の経済に見られるような混乱は、北大や東北大をはじめ他の国立大学にも見受けられます。受験生としてはこの混乱に振り回されることなく、英作文学習の正当な方法論に則り、着実に勉強を継続しなくてはなりません。正当な方法論とは「次の日本語を英訳せよ」という問題を行うことです。
 視点を変えてみると、この混乱は、文部科学省が言うところの「コミュニケーション英語」なるものが実は実態のない絵に描いた餅にすぎないことのひとつの証左です。受験生の方が翻弄されるのは気の毒な感さえします。現場の教師の役割が大きくなっている。これがひとつの結論です。

(注)便宜上、東と西に分けて傾向をまとめましたが、東でも、たとえば東京工業大学では見事なまでに一貫した出題方式が20年以上続いています。東京外大では、なぜか「和文英訳」が消えてしまいましたが、英作文出題を最近開始した千葉大学は今のところ京大形式で、筑波大学は一定せず・・・といった具合です。金沢大学は,和文英訳の形式を守りつつ「自由英作文」も併用という方向に移行しつつあるようです。
 一方、西でも、阪大や岡山大学のように両方の形式が出題されるところもあれば、広島大学のように「自由英作文」に切り替わったところもありますし、神戸大学では一時、自由英作文に切り替えられましたが、また元へ戻る・・・というような状況です。
 まずは自分の志望校の出題方針を確認してください。

<Q.19>「自由英作文」で自分の書いた答案の評価はどうやってすればよいのですか?
<A>まず解答の字数が決定的に重要だということを知ってください
 英語力を試すという目的の場合、制限字数は「50字」で十分です。東大は字数が一貫して50字、京大も後期試験で「自由英作文」を出題したときには50字でした。
 50字を超えると(たとえば、一橋大は一貫して100字、東京外大は一定せず、250字という出題もありました)英語の力は当然として、それとは別の要素が関わってくることになります。大半の人は、自分ではこんなことを書くつもりがないのに何となく字数を埋める、といったことを最初はしてしまうものです。それは「誰かに見せる」ことでわかります。周りの先生に見ていただければ一番よいのでしょうが、友人など誰でもいいから「誰かに見せる」ということが大事です。後は、とにかく練習です。
 なお、一橋大や東京外大の受験生のこの問題に対する答案の質は相当ハイレベルです。とにかく書いてみること、いろいろなテーマで頭の中で、声に出して英語で普段から演説する・・・(→Q8)といった訓練を積んでください。

<基本文>
<Q.20>基本文とは何ですか?
<A>丸暗記すべき短い文のことです。
     すべての語学学習は、基本文の暗記に始まりそれに終わる
ということをまず知ってください。
     日本語を見て、英語が口をついて出てくる、そして、それを書く
これが英語学習の中心に据えなくてはならない作業です。

<Q.21>基本文を覚えることで、どういう役にたつのでしょうか?
     基本文は英語力のすべての基本
であることは各所で強調していることです。念のためにもう一度ここで確認しておきましょう。

<単語の覚え方・単語カード・単語帳>
<Q.22>単語はどうやって覚えればよいのですか?
<A>誰でも次の手順を踏んでいます。
1.初めて出会った単語は、声に出して発音しつつ、スペルを何回か書く(10回なら10回と決めておいてもよい)。
2.時間をあけて、またやり直す。
この作業の繰り返しです。「10回忘れて11回目に覚える」といったぐらいの覚悟をもって進めてください。
 また、最初の頃(あまり単語を知らないうち)はまだよいのですが、真剣に勉強を始め単語の数が増えてくると、単語同士が混乱してかえって覚えにくくなって間違う、といった時期が続きます。これは、語学学習者が必ず通過せざるをえない期間、一種の通過儀礼のようなもので、そのトンネルを抜けると、単語習得への次のステップが待っています。

<Q.23>単語カードは作ったほうがいいのですか?
<A>15年以上も生きてくれば、自分にあった勉強の仕方、認識の仕方があります。カードによる整理法が性に合わない人もいますから無理をしてまでこの方法を導入する必要はありません。ただ、性に合うかどうかは、少なくとも一度は試してみてはじめてわかることで、英語を習得した人なら、カードで覚えるという方法を試したことがあるはずです。
 まずは試してみてから徐々に自分にあった方法を見つけていくことになります。カード方式にこだわる必要はなく、ノートを使って、たとえば、そのノートの一ページ全体に一単語を大きく書く、といったように、とにかく自分に印象づける方法を探るべきです。
 そもそも、勉強法・学習法は試行錯誤によって自分に合った方法を探しつつ身につけていくものです。

<Q.24>単語カードというのはどうやって作るものですか?
<A>大きく分けて2つに分かれるでしょう。
 1. カードの表に日本語、その裏に英単語を書き、一語ずつ整理する。
 2. 一枚のカードの表に、たとえばその日に出会った英単語を10個ほど   並べる。その10個に対する訳を裏に書く。
 どちらの方式にせよ、それを勉強の合間、机を離れるとき、教室に着いた後、電車を降りる直前や駅のホーム・・・などのちょっとした時間でチェックする(本当は、寝る前が一番よいのでしょうが)。この作業を何日か続けていくうちに、同じ単語を間違うことがわかり自分が覚えにくい単語が見えてきます。そこで、1週間ほどを一区切りにし、2.の方式の場合なら、その覚えにくい単語だけをそのカードに入れて同じ作業を続ける・・・・

<Q.25>何度やってもなかなか覚えられない単語があるのですが。 <A>単語によっては覚えやすいものと、何度やっても覚えにくいものがあり、誰にとっても覚えにくい単語と、その人にとっては特に覚えにくい単語とがあります。そのことを自覚した上で繰り返すことです。
 
<Q.26>単語を覚える方式が一定せず、カード方式で始めても、一週間もすればその方法に飽きてきます。
<A>あまりにしばしば方法が変わるのも問題ですが、たとえば一週間のカード方式によって20個の単語が身につけばそれで成功で、次の方法でまた続ければよいのです。その方法に飽きればまたカード方式に戻る・・・といった具合に。目標は単語を身につけることであって、「カード」「単語帳」・・・などはその手段に過ぎません。また、自分に合った勉強法・学習法というのは、ある程度の試行錯誤の後に身につけていくもので、他人が言う方法はあくまでも参考にしかなりません。

<Q.27>市販の単語帳は使った方がよいのでしょうか?
<A>たとえば、「単語は本文の中で覚えるべきであり、単語帳を用いるのは邪道である」という考えの持ち主の学生もいます。「単語集は使わない主義」ということです。もちろん、この考え方自体、誤りでないどころか正しい考え方です。ただ、「・・・主義」を持ち出すほど大げさなことではなく、「単語帳」を技術の習得のための道具とみなし、<Q.29>で述べる注意事項を踏まえた上で、利用できるものは利用する、という姿勢でよいのではないでしょうか。
 英文を読んだ場合には、必ず知らない単語をチェックする。これは英語学習の基本です。そうやって選んだ単語を集めると手作りの単語帳になっており、市販の単語帳を用いるかどうかには関係なく、
     全員が自分なりの手作りの単語帳を作る
ことが実は必要なのです。

<Q.28>私は、学校の先生の手作りの単語帳を使っていますが、みんなが使っているような市販の単語帳に切り替える必要があるでしょうか?
<A>その必要は全くありません。単語をどうやって習得させるか。これは英語教師の大きな仕事であり、「先生が作ってくれた単語帳」を超える単語帳は存在しません。最終的には、
      自分だけの単語帳を作る
ことが目標でしたから、市販の単語帳はそのための参考資料、たたき台にすぎません。

<Q.29>市販の単語帳を使う時の注意点は何ですか?
<A> 単語の意味と訳は慎重に決め、自分で納得してから覚えなくてはなりません。
 英文は単語で構成されているのですから、ひとつひとつの単語の意味をいい加減にしていると不都合が生じてくるのは当然です。各自が「自分だけの単語帳」を必ず作成しなくてはならない理由のひとつはここにあります。
 なおそれに関連して、単語帳の例文を安易に英作文の時に利用する人が見受けられますが、基本文についても、一文一文納得しつつ
     自分だけの基本例文集
を作ることが必要です。

<Q.30>英語の授業のノートはどうやって整理すればよいのでしょうか?
<A>英語の場合、理屈の理解が目標ではなく、実際に読む・書く・・・ということが目標です。たとえば、単語の知識などはひとつにまとめて整理すべきであって、あちこちのノートに書いてあるのでは使えませんから、知識の
     集約→整理→暗記
という作業の流れが必要です。

<長文対処法>
<Q.31>最近の入試では、出題される英文が長文化していると聞きますが、それに対処する方法はありますか?
<A>確かに一時期そういった傾向がありました。ただここのところは、無意味に長い英文の出題に対して一定の歯止めがかかってきました。大変喜ばしいことです。
 センター試験も、初期の頃と比べると全体の語数は大幅に伸びているものの(→Q33)、所謂「長文問題」と言われる「総合問題」の長さ自体はそれほど変わっていません。個々の大学について分析するときりがないので止めますが、
     文章は一文ずつしか読めない
のであって、速く読めるような方法などないと心得てください。
 たとえば、日本語の新聞を読む速度を例にとって考えてみましょう。小学生の時に比べると、新聞を読むのが速くなっているはずです。それは速く読む訓練をしたからではなく、日本語の文章に接しているうちに、知らない単語が減っていき・・・という具合に、読むための障害がひとつひとつ取り除かれていったからに過ぎません。同じ新聞でも、たとえば、プロ野球に興味がある人はスポーツ欄の記事は速く読めるが、そうでない人は遅い。政治面でも同じことが言えます。この現象は、ただ興味の有無だけではなく、興味がない分野には知らない単語があるということが多いからだと思われます。日本語ですらそうなのですから、まして英語では、やはり単語の知識が大切なのだということも改めて思い知らされます。

<Q.32>英文を速く読んだり、全体の意味を即座に把握するような方法はありますか?
<A>ありません。繰り返しますが、基本は一文一文読み進むことなのです。
     “全体”を眺めつつ“部分”を観る
ことはもちろん大切なのですが、このことは、
     一文がきちんと読めないのに全体が読めるはずはない
という自明の理を否定することにはならないのです。

<Q.33>文章を並べ替えたり、グラフや図表が与えられた問題への対処法はありますか?
<A>ありません。これも同じことです。ここ数年、段落全体を並べ替える問題が東大で出題され続けたことが拍車をかけ、センター試験にも同じような問題が出題されるようになりました。センター試験の語数が増えるのは、こういったものが出題されるからです(→Q31)。それは決して望ましい傾向ではありません。
 なぜ、望ましくないかを述べます。そもそも、文章を書く場合、自分の伝えたいことを言葉という道具で表現するわけで、大なり小なり、自分と格闘しつつ自分の思いを乗せる言葉を探し・・・というプロセスを経ます。ラブレターを書く場合を考えてみてください。そうやって書かれたものを読み飛ばすということは、「読む」という行為の本来の姿からかけ離れてしまうのです。
 もちろん、書くときにこういったプロセスを経ていない、たとえば、落書きやインターネットへの安易な書き込みといったようなものもあるのでしょうが、そういった言葉は人の心には届かないし、それを受け入れようとする必要もないのです。私たちが関わる入学試験で出題されるような文章は、そういった類のものではありません。
 こんなことは各大学のスタッフは百も承知しています。東大は、他に英文和訳などで、きちんと読まないと正解が得られない問題を出題することで、バランスをとろうという姿勢を示しつつ、模索している状態だと想像できます。無意味な長文化に振り回されることがないように注意しましょう。
 私立大学に限って振り返れば、30年以上も前の昭和50年(1975年)前後から、この長文化に先鞭をつけたのは、外国語学部を中心とする上智大学、関西では同志社大学でした。こういった大学の問題も、前から普通に読んでいけば試験時間内に終わるように作成されていましたし、今でもそうです。
 
<Q.34>私は読むのが遅いのですが。
<A>見方によれば、それはそれで素敵なことです。なぜかはすでに述べたことで明らかでしょう。ただ、試験の時は与えられた時間内に読むというゲームですから、できるだけ時間内に速く読んでいるという振りをする、つまり、ていねいに読もうとする自分の姿勢を多少は曲げる、ということさえすればよいのです。
 自分の志望校の傾向を一応知り、よくわからない場合は身近な先生に相談してください。

<辞書について>
<Q.35>辞書は必ず使わなくてはならないのですか?
<A>全くの初心者や苦手意識が強い人は、どうやって使ったらよいのかがわからず、辞書を使うことによって余計に英語の勉強が嫌になる危険性があります。したがって、そういった人は、必ずしも辞書を用いる必要はありません。ただ、次のことにだけは注意してください。
    辞書を用いるかどうかの判断を含め、必ず周りの先生と相談し、                  その指導の下に行う
ということです。
<Q.36>辞書の使い方がわかりません。
<A>辞書はあくまでも道具。何のための道具かをまず明確にしておかなくてはなりません。わからない単語を調べるための道具であることは当然として、
     自分だけの単語帳(ミニ辞書)や基本例文集を作成する道具
     (→Q27Q28Q29
と捉えてください。
 急ぐときはともかく、辞書を引いた後にそのまま閉じるのではなく、辞書から得られた情報をまとめることが必要です。とはいっても初心者のうちは、辞書に書いてあるどの箇所がポイントかがわかりにくいものです。同じ項目を何度も繰り返して引いているうちに、だんだんとポイントが見えてくるでしょう。

<Q.37>従来の辞書と電子辞書とはどちらがよいのでしょうか?
<A>これまた、一長一短です。まず、誰の目にも、電子辞書の方が持ち運びに便利だということは明らかです。このことは同時に、あまりに非合理的な精神主義は排除すべきだとしても、辞書が入ったずっしりと重い鞄を図書館などに持っていく、という雰囲気を醸し出すことはできないということでしょうが。
 より実質的な違いについて考えてみましょう。歴史上特筆されるべき発明に「紙」と「印刷技術」の発明があります。「紙」というモノはそれに対して書き込むことができる、今ここで考えていることで言えば、自分の学習の記録、つまり単語学習の記録を残すことができる、ということです。引いた単語に赤鉛筆で印をつけたのに、また同じ単語を引いてしまった自分。自分に対する腹立たしさを感じつつ、「なかなか覚えられないなあ・・・外国語だから・・・」と、自分の能力の限界を感じつつ、妙に納得してしまう。この体験は外国語学習体験の中心をなすものと言ってよいでしょう。ただ、だからこそ、電子辞書でも引いた記録は残るようになっていますが。
 これらは双方の辞書の特徴の一端に過ぎませんが、どちらを用いるにせよ、あるいは併用する場合でも、それぞれの持ち味を活かし上手に利用していくということです。

<Q.38>英英辞典は使った方がよいのでしょうか?
<A> この問題をはじめ、辞書をどう利用するかは、その人の実力や志望校などを考慮して判断すべき事柄です。身近な先生と相談し、その先生の指導に従うのが一番です。

<リスニング>
<Q.39>リスニングが課される大学は増えるのでしょうか?
<A>平成18年度(2006年)からセンター試験にリスニング試験が導入される見通しです。そもそも、すでに昭和40年代から東京外大などではこの形式の試験を実施していました。東大が文系にリスニングを導入したのが昭和63年、翌年から理系にも導入されました。一方、京大は、後期試験の一部は別として、実施していません。
 まずは、志望校に出題されるのかどうかをまず確認することです。

<Q.40>リスニング対策はどうすればよいのですか?
<A>
     読んで理解できないことは聞いてもわからない
ということをまず確認しておかなくてはなりません。たしかに、私たちは乳幼児の時に耳から聴くことを中心に日本語を身につけました。ただ、「英語も耳から聴くことを中心に据えるべき」という考えは間違いです。その理由は説明を要しないでしょう。母(国)語の習得と外国語の習得を同じ次元で論じることができるのなら誰もこんなに苦労していないのです。もちろん、自分の勉強の中に「聴くこと」を取り入れることはよいことですし、それが性に合っている人はそれに重点を移していって構いません。外国語を頭の中にインプットする手段の問題です。
 さてここで、英語の「読む・聞く・書く・話す」の中でどれが一番むずかしいのか、という問題に少し触れておきましょう。単純に比較して答えられる問ではありませんが、次の2つは言えます。
1.読んでわからないことは聞いてもわからない。
2.書くことができれば話すことはできる。
 本来、 「読む」と「聞く」の間に差はないのですが、このズレが外国語の本質をついていると言えるでしょう。たとえば、アメリカ映画を見ていて、3歳の子供の英語が聞き取れない、ということを体験することがあるでしょう。それはある意味では当然で、その時に「自分は6年近くも英語を勉強しているのに・・・」と必要以上に失望しないことです。それが外国語なのです。英語学習の目的の問題(→Q44)とも大いに関係してくることで大切な論点です。
 ただ、耳からの勉強も取り入れた方が勉強の能率も上がるし、何よりも気分転換になります。NHKの語学講座を始め、最近はリスニングの教材は十分すぎるほど出回っています。興味のある人は取り入れていけばよいでしょう。

<Q.41>NHKの語学講座を聞きたいのですが、どの講座を聴いたらよいのかわからないのですが
<A>参考書や問題集もそうですが、選択できる種類が多いとかえって迷ってしまうという贅沢な悩みです。かつて、NHKのラジオの語学講座は「基礎英語」「続基礎英語」「英語会話」と3段階に分かれており、それほど選択に迷うこともなく、これでも需要はほぼ満たされていたと言ってよいでしょう。
 しかし考えてみると、選択対象が市場に数多くあるということは、利用者にとっては本来はよいことなのです。やはり贅沢な悩みなのですから、聴こうと思う人は、そのことをわかった上で、自分に合いそうなものからまずは始めてみることです。
 これまた、毎日聴くという作業が性に合う人もいればそうでない人もいます。一ヶ月で挫折してもそれを挫折と感じないことです。<Q26>で述べたことと同じです。
 また、<Q7>で述べた集中学習計画の一環として、たとえば、夏休みなどだけ聴いてみるのもひとつの方法です。

<「帰国子女」について>
<Q.42>私はいわゆる「帰国子女」ですが、本当に英語ができるのか、これでよいのかが自分ではよくわからなくなってきているのです。
<A>この問題は、特にここ15年ほど、ますます現実味を帯びた社会問題となってきています。基本的な考え方だけを述べておきます。
 そもそも、「帰国子女」というラベルを一律に貼ることには問題があります。たとえば、子供の時に1年だけ英語圏で生活した人と、中学から高校まで数年間生活した人とを同じ「帰国子女」という枠でくくることが正しくありません。こういったラベルを貼られることでかえって悩んでしまう「帰国子女」も少なくありません。個々のケースに合わせ、周りの先生などと相談しつつ、それぞれに合った学習法を考えてください。「帰国子女」に限らず、過去の自分の体験を活かすような方向で今後の勉強の方針を立てるということです。

<「受験英語」について>
<Q.43>「受験英語」、たとえば5文型の分析などをしていると実際に使える英語は身につかない、といったようなことを耳にしたことがあるのですが
<A>全くナンセンスです。日本社会における受験体制の問題と、受験体制とワンセットである「英語」(→Q44)の問題を混乱しているのです。かく言う人も、かつてそうやって勉強したのですから。
 すべてのことがそうであるように、「受験英語」も様々な方々の尽力で改良への試行錯誤を重ね、その試みや議論の集積はもはや十分に過ぎると言えます。一大国家プロジェクトとして実施にこぎつけた共通一次試験(センター試験)は、今や国民的年中行事のようになっています。毎年、各新聞がこの報道に紙面を割き、NHKも時にはトップニュースで報道する有様です。その是非はひとまずおくとし、英語に限ってみれば、この一大プロジェクトが残したもののひとつは、日本の大学のスタッフが総力をあげてこの問題と取り組んだ事実であり、これは相当に重い歴史的事実なのです。
 総体的に見て「受験英語」よりも優れ、これに代わるべき英語の教材や方法論、戦後60年近くの間、それが提示されたことは結局はありませんでした。さらに、少し違った視点に立って、日本の受験生が英作文の答案で書く英語、これはおそらく一番美しい英語だろうと言っておきましょう。
 この件に関し、次のことだけはここで強調しておかなくてはならないでしょう。全国の中学・高校・・・で、数多くの英語教師が、SVO・・・などの方法を用い英語を教え、若者がそれを学ぶ、ということが行われていますし、それが本来の英語教師と学生の姿です。SVOといったような文法を若者に伝えることこそが英語教師の最大の仕事であり義務だからです。受験を経験していない人が言うのならまだしも、こうやって大勢の人がこつこつ努力していることに対して、斜に構えてあざ笑うような大人のいたずらは見逃すことはできません。ただ、「文法など勉強しなかったからこそ私はこんなに英語がうまく話せる?のだぞ」といったような発言に心を動かされるほど若者は鈍感ではないのですが。
 
<何のために英語を勉強するのか>
<Q.44>「何のために英語をやるのか」がわかりません。
<A>大変もっともな疑問です。ただ、こういった疑問自体、あまりに抽象的すぎて、観点を明確にしないと、質問も答えも単なる言葉の遊びになってしまう危険性があります。それに、これに答え始めると一冊の本では足りず、この問題に関する「全集」ができあがるでしょう。なぜなら、明治以降、特に第2次世界大戦以降、「受験英語」「英会話」「英会話学校」「国際化」「英語検定」「TOFEL」「外来語の書き換え運動」・・・といった言葉が存在し続けていることが示すように、日本社会における英語は単なる語学のひとつではなく、“社会的なモノ”として鎮座しています。“巨大化し過ぎたモノ”と捉えた方が正確でしょう。早い話、数学をやらなくても大学には入れるが、英語はそうはいかない、といったことひとつ考えても、大勢の人が巻き込まれざるをえないことになっています。
 「国際化の時代」「国際コミュニケーション」のため、「将来役に立つ」といった理由にはあまり説得力を感じないはずです。たしかに、文系はともかく、理系の諸君は将来も何らかの形で英語とつきあわざるをえない機会が多いのでしょうが、もし「将来役に立つ」や「生きていくのに必須」という視点に立つのなら、数学者にならないだろう若者が「数学」に莫大な時間をかけること、医学部の入試科目に「数学」があることも説明できません。そういった観点から言うのなら、「英語」よりも、人間の生き様や紛争の集大成である「民法」、社会の中で自分を防衛しつつ生きるための道具としてと捉えた場合の「刑法」や「刑事訴訟法」などの方が「役に立つ」でしょう。ところが、「裁判員制度」について論じられることはあっても、法学部でも、「刑事訴訟法」や「民事訴訟法」はおろか、「民法」や「憲法」という入試科目はありません。また、万人が関わる「家族」、その関係の中でいかに楽しく快適に生きるかを探求しているはずの「家族社会学」などは必須科目にすべきだということにもなります。「国際コミュニケーション」といった抽象的なことよりも、家族に代表される身の回りの人や隣の人とのコミュニケーション、これこそが切実な問題として日々私たちを支配しているのではないでしょうか。
 さて、「英語学習の目的はこれだ」とは言えなくても、「英語学習の目的はこれではない」は言えます。
アメリカ人やイギリス人になるために英語をしているのではない
ということです。こんな当たり前のことも、当たり前だからこそ今一度確認にしておく必要があるでしょう。当たり前のことが当たり前でなくなると様々な問題が発生するからです。
*   *   *   *   *
 この問題について、身近な先生などと話し合ってみるのもよいでしょう。ただ、それをわかった上で、数多くの人が我慢して勉強してきました。
 若い時の主な仕事は勉強をすることです。「若い」は必ずしも絶対年齢を意味しませんが、外国語をひとつ我慢してきちんと勉強する、ということは必須だと心得、そのことに納得は必要なく、受け入れて我慢して続けてください。
 たとえば、小学校の国語の授業で、日本語では「て、に、を、は」が大切であると教わったことがどういったことかは外国語をやることではじめてわかり、日本語に明治以降大量の翻訳語が入ってきている以上、英単語をどう覚えるかということと、現代文の力とは密接に関わってきます。
 それに関連して、所謂「バイリンガル」といった人は、「第3の外国語」を必ず学習してください。

<Q.45>英語が好きでもないし、英語の勉強を楽しいとは思えません。
<A>大半の人はそうです。「好きでないからやらない」は勉強という所作においては通用しません。無理に「英語を好きになろう」と考える必要はありません。英語は技術の習得であり、それは本来「楽しい」ことではないのです。「知っている単語が増えた」「英語で表現できることが増えた(丸暗記している基本文の数が増えた)」・・・といったようなことに、多少無理をしてでも「喜び」を感じるようにすればそれで十分です。
 そもそも、外国語の学習の動機は次の2つに大別できるでしょう。
 1.異性・同性を問わす、特に異性の場合、その言葉で気持ちを通じ合いたいと思うような好きな人ができた。
 2.入学試験など、試験があるからやらざるをえない。
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